1、導入
みなさん、こんにちは。私は当院のリハビリテーション科で言語聴覚士をしております。今回、「言語聴覚療法からみた認知症」ということでお話させていただくことになりました。私は言語聴覚士という仕事をしている割には話すことはあまり得意ではありません。しかも、このように大勢の方たちの前でお話させていただくのは初めてで、かなり緊張しています。本当に、これほどのたくさんの方たちがこの部屋に一堂に会しているのを見るのは初めてです。手狭な中、つたない話を聞いていただくのは少々心苦しいところですが、どうぞよろしくお願いいたします。
今日こちらにいらしているみなさんは、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、近隣の地域の方たちかと思いますが…。みなさんにおうかがいします。“言語聴覚士”という資格名を聞いたことがありますか?
「リハビリ」と聞いてイメージするのは歩く練習をしたり動かなくなった手や足を動かしたりするものかと思いますが、言葉のリハビリ、コミュニケーション能力を取り戻していくリハビリもあるのです。始めに少し言語聴覚士についてお話させていただきます。
言語聴覚士とは ※言語聴覚士協会HPより引用
私たちはことばによってお互いの気持ちや考えを伝え合い、経験や知識を共有して生活しています。ことばによるコミュニケーションには、言語、聴覚、発声・発音、認知などの各機能が関係していますが、病気や交通事故、発達上の問題などでこのような機能が損なわれることがあります。言語聴覚士はことばによるコミュニケーションに問題がある方に専門的なサービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職です。また、摂食・嚥下の問題にも専門的に対応します。
ことばによるコミュニケーションの問題は脳卒中後の失語症、聴覚障害、ことばの発達の遅れ、声や発音の障害など多岐にわたり小児から高齢者まで幅広く現れます。言語聴覚士はこのような問題の本質や発現メカニズムを明らかにし、対処法を見出すために検査・評価を実施し、必要に応じて訓練、指導、助言、その他の援助を行います。このような活動は医師・歯科医師・看護師・理学療法士・作業療法士などの医療専門職、ケースワーカー・介護福祉士・介護支援専門員などの保健・福祉専門職、教師、心理専門職などと連携し、チームの一員として行います。
言語聴覚士は医療機関、保健・福祉機関、教育機関など幅広い領域で活動し、コミュニケーションの面から豊かな生活が送れるよう、ことばや聴こえに問題をもつ方とご家族を支援します。
私は主に、脳卒中後のコミュニケーション能力の低下、摂食・嚥下面に問題のある方に対してリハビリを行っております。
本日は認知症の方のコミュニケーション能力低下への取り組みについてお話をさせていただきます。
2、認知症とは
まず、少々教科書的な話になりますが認知症についてのお話を簡単にさせていただきます。
誰でも年をとると頭の働きは若い頃とは違ってきます。みなさんの脳は自然な老化をしていき、話そうとしたことを度忘れしてしまって「あのー」「えーと」「あれさ、ほら…」という言葉が会話の中で多くなり、若い頃であれば一度聞けばパッと覚えられたことが覚えるのに時間がかかります。これはいわゆる「年のせい」ですね。
一方、認知症とは脳に病気が起こって神経細胞の異常により脳神経のはたらきがうまくいかなくなる状態です。そのために「年のせい」とはちがう、度忘れではすまない、あとになって体験したことをまったく思い出すことができなくなったり、通常であればあり得ない判断力の低下を起こします。無意識にできていたはずのちょっとした日常生活の動作が難しくなります。たとえば、買い物に出たときのお金の計算などです。また、見当識障害といって日時や場所が曖昧になったり、わからなくなります。症状が進行すると人物や道順に関する見当識障害が出現し、家族の顔を見ても家族と認識できなくなることや、通いなれた道でも迷子になったり、ある程度の期間を過ごしている病院や施設の中で自分の居場所がわからずうろうろと歩き回り自分の部屋以外の所に入る場合があります。
認知症は記憶する力、思い出す力、現在の日時・場所、周囲の人や状況を判断する力、思考をめぐらす力、今まで生活した中で得られた知識と結びつけ様々な判断や行動をしていく一連の知的な働きが次第に難しくなり自立した生活ができなくなっていく過程をたどります。みなさんにはあまり馴染みのない言葉ですが、これを「認知機能の低下」といいます。
認知症の方はこの認知機能の低下だけではなく、意欲の低下、感情的な変化や精神症状としての言動が起きやすくなります。家庭でも病院・施設でも介護する側が悩まされる部分です。
3、事例
【症例1】80歳代女性、脳梗塞と脱水症の診断で入院されました。入院当初は無表情で、こちらが声をかけても反応がなかったり、時に反応があっても強い口調で「何さ!」と言う程度でした。暴言が出ることもありコミュニケーションをとるのは難しい状態の方でした。
スライドを提示します。
リハビリを行う中で一番念頭に置いたことは、表情の変化⇒感情の変化を出すことでした。人間の感情は「喜怒哀楽」という言葉で表現されます。この方の場合、「喜怒哀楽」の中の「怒」の部分しか表に表せなくなっていました。おそらく「哀」の部分もあったのでしょうが悲しみもこちらから受け取れるのは「怒り」で、「喜び」「楽しみ」の感情はほとんどみられなかったように思います。表情の硬い方は、自分自身の思いをうまく表すことができない場合が多いので少しでもご本人が思っていること、感じていることをスムーズに相手に伝えられるようになってもらいたいと思いました。時間を共有すること、コミュニケーションがとれるよう、働きかけをしていこうと考えました。
点滴、薬などの医学的な治療、病棟スタッフの関わり、理学療法・作業療法のリハビリテーション、頻繁にお見舞いに来てくださっていたご家族のお力などにより、少しずつの変化ではありますがコミュニケーション面は良い方向へ進むことができたと思います。続きを読む